アダム徳永の女神覚醒アカデミー

エネルギーワークレポート

講座でエネルギーワークを受けたときの感想レポートです。

村山智子さん(仮名)/ 50

第2回講座を終えて。

第1&2チャクラの浄化のワークに入る前の、1時間前だろうか。時間はよく覚えていないが、講座の途中、座っていると急に体が右回りに回り出した。エネルギーワークが始まる前だったが、既に体が反応していた。後になって分かったが、アダム先生の送られるエネルギー、は既に時空間を超えて、私に伝わってきていたとしか表現できない感じだった。

私の真後ろには陽子さんが座っておられる。思わず、振り返って伝えようか、何度か迷ったが、なんだか自分が過敏反応して、おかしいのかと思い、伝えないでいた。でも、あれれ、皆も絶対何か感じている。「回っているんだろうか?」などと思いながら、揺れをなんだか少し抑えようとしたり、時に身を任せたりしていた。ふわふわしつつもアダム先生のお話に聞き入る。

休憩を挟んで、第1&2チャクラの浄化のワークが始まった。まずアダム先生がひろちゃんを指名し、彼女が媒体となってくれた。「ほんと適任!」と思った。彼女の真摯な姿勢がいつも輝いていることを改めて感じた。アダム先生が集中され出すと、空気感が変わる。先生の声が波打ちながら、段々と大きくなり、波紋を広げ、空間に響き渡った。私は、この時、自分を疑っていた。受け取れるのか。素直に受け取れないのではないのか。私自身に忙しく話しかけていた。目を閉じた。自分自神に大丈夫と伝えた。

右回りに体が回転する。ともちゃんの泣く声を聞き、視線を向けた。心は驚くほど冷静で、その光景を静かに見つめていた。ともちゃんの泣き声が一段と激しくなった時も。驚くほど冷静で、感情が動かない心をただただ観察している感じだった。しばらくして、深ーい感情の波が押し寄せてきた。その正体が何なのか知ろうと、また観察している自分がいた。一言で言うなら、悲しさだった。人生のさまざまな壁にぶつかったときそうしてきた様に、心の奥底に向かって探っていくような感じにその正体を探っていた。

一つの事象としての、誰かの仕業に対する怒りやら、出来事の不条理さへの虚しさやらではない。この地の人類が持ち得ている、全ての悲しみが押し寄せたかの様だった。この純粋で混じり気のない悲しみを、こんなに冷静に感じ取ったことはなかった。不思議な感覚だった。泣きたいのか。泣けるのか。自分に聞いてみた。あの時のあの悲しみはここに根ざしている。でも泣かない自分がいる。よくよく観察してみた。自分の中には感情の様なものが空っぽだった。

周りを見渡し始めた。最後列にいた私は一人一人の後ろ姿を、エネルギーを確かめでもするように気になった。目を瞑るなど思いもつかなくなっていた。ずっと後ろから見守っていた。みきちゃんが泣いていた。泣いているが、出しきれていないで苦しいのだと感じ取った。その瞬間、感情が湧き出し、私が泣き始めた。勝手に彼女の分も泣いていた。なぜだか、一人一人を背後から見守っていることが役割だと感じた。

ともちゃんの泣く行為が、水舎のごとく回転してエネルギーの流れを作っている様にも観えた。手の動きで波打ち踊っている女性。悲しみを抑えられない女性。心も身体も揺れる女性。穏やかにただそこに在る女性。感じようとする女性。それらの女性を私は、感情は動かず、ただ観ていた。アダム先生の声が鎮まった。陽子さんがライトランゲージをまだ小声で話しながら、皆の様子を観ていた。

目の輝きが美しい。話す様子が愛くるしい。アダム先生の方に意識を向けると先生は空で 宇宙だった。神々のエネルギーを伝え下ろして動かしてくれていた。特別なワークなのに、不思議とそこにあって当然の感じだった。うまく言い表せないが、アダム先生の存在が空気の様に空間に溶け込んでそこに在った。当たり前にそこにある感じだった。自分にまた意識を戻すと。思い出すというより、知っている感覚なのか、あの時のお役目。人々を見守る感じ。自分の中の感情は感じられず、カラの様子。

人の感情の流れの見守り。魂の記憶袋から取り出せてはいない記憶があるかのよう。浄化ワークに続いて、神々のエネルギーが丹田に封入されるワークに入ると。一転してただただ体の回転が続いた。心地よく全てが又違ったスムーズさだった。その辺りは正直あまりよく覚えていない。ただ気持ちよかった。でも、後ろから見守らせてもらえていた。浄化され、新たに抱き入れた神々のパワー。その後の変化や気づきを、後日投稿させて頂きます。

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